【復興支援委員会】 第10回活動報告

広い農地へのEM散布風景
広い農地へのEM散布風景

期日:2011/11/13~17

参加者:11名
八潮キリスト教会:1名

独立新生葛飾教会:3名

塩釜ともしびチャペル:1名

山形南部教会:4名 岩沼センター:2名

 

10月から岩沼のセンターに常駐しておられる木内一夫先生が地域との連絡をとり、依頼受けてくださいました。今までも、その都度主に導かれて来ましたが、今回も主の導きにより活動を終えることができました。

 

MSR+ #10 活動報告

 

現地委員 岡 摂也師

谷野目地区は、前回センターのトイレが汲み取り式であるため、酒屋さんに汲み取りの券を買いに行った時に、「ボランティアですか」と聞かれ、EM散布のこと説明したところ「わたしの畑もまいて欲しい」と言われ、今回2件の畑に散布することができました。神様が出会いを用いてくださったのです。
また、林地区は、センターのある下野郷と今までEM散布を行ってきた早股地区の間にある地区です。前回、木内先生と軽トラに乗って早股に向かっている時に林地区を眺めながら木内先生が、ポツンと「この地区にEM散布をしたいですね。」と祈るようにつぶやきました。その後、木内先生が地区長さんを訪問、今回40軒近くの散布が実現しました。主が木内先生を用いてくださって道を開いてくださったのです。
これまでも、毎回そうでしたが、行き先を知らずに出発した我々を主が先頭に立って導いてくださり、今回も新しい地区を開拓することができました。

 

今回は、収穫期を迎え、農家の方々から、白菜やにんじん、ほうれん草、それに春菊までいただきました。「白菜と春菊と言えば・・・。すき焼きだね。」と話しをしていると、ピンポーンという音がして、木内先生宛の宅急便が来ました。箱には「生もの」のシールが・・・。まさか、と思いましたが、箱を開けてみると、なんと牛肉が入っていたのです。もちろん次の日は、すき焼きをみんなで感謝していただきました。そのご馳走を食べながら、神様が共におられるという印として、野菜も牛肉も与えてくださったのだと、主の恵みに心から感謝しました。

 

サマリタンパースからトラックと軽トラを、クラッシュジャパンからも多額の献金をいただき、組み立て式の倉庫が建てられ、そこにEMの培養器をと願っています。主が私たちの小さな祈りに答えて下さり、必要を満たして下さっていることを感謝します。
しかし、来年のことは、具代的には決まっていないのが現状です。しかし、今まで一步一步を導いてくださった神様、すき焼きを与えてくださった神様が、この先を必ず導いてくださる事を信じています。

 

9月25日から木内先生ご夫妻が常駐してくださり、大切な働きを担ってくださいました。その木内先生ご夫妻が12月中旬でこの働きを終えられます。しかし、地域のつながりやこれからの働きを考えると、常駐者の必要を感じて、今一人の青年が祈りの中にあります。ぜひ、これからの働きのためにお祈りください。
ある先生が、MSR+は「聖会や教職セミナーの実践の場」ここで、早天で御言葉をいただき、主に仕えるように被災地に仕えると本当に主が生きて働いておられることがわかって恵まれると言っておられました。ぜひ、みなさんもボランティアにご参加ください。

 

 

現地駐在スタッフ 木内一夫師

8か月たった今も床板をはがした状態の家屋。
8か月たった今も床板をはがした状態の家屋。

MSR+09を終わった時には、MSR+10で散布するところはほとんど決まっていませんでした。実験田の畝を作っていただいた方から、林地区に住む親戚がEMを散布してほしいと言っていると連絡があり、その方から林一区の区長さん、そして林二区の区長さんと繋がりました。

区長さんたちのご協力をいただきながら林地区を中心に約60件の散布を行いました。今回初めて散布する地域だったので、住居への散布もしました。まだ床板をはがしたままの住宅があったり、どこも被害がない住居でも雨が降ったりすると周囲が臭うなど、まだまだ被害が残っています。

畑への散布は、広い面積のところが多かったです。冬の前に土地作りの準備をして、来春は植え付けをしたいという農家の切実な思いを覚えます。

EMを効果的に散布するために、事前に畑の草刈をお願いしていますが、人手がなくてできない家庭。散布した後は、はやり効果を上げるために耕すことを勧めると、津波によって塩水に浸かって壊れてしまい、耕すためのトラクターがない。など、農家の抱える深刻な課題も浮かび上がってきます。

今回の散布でのもう一つの特徴は、私たちの散布している姿を見て、うちにも散布して欲しいという追加の申し込みが何件もあったことです。EM散布の効果に理解が得られてきているのでしょう。
MSR+11では、林地区の残りを中心に散布します。その後はまだ未定ですが、センターのトイレの汲み取り券を購入した商店から、矢野目地区への取っ掛かりが出来ています。

 

 

 

塩釜ともしびチャペル 平島 望 師

今回は14日(月)と16日(水)の2日間活動に参加しました。 月曜日は、午前中8月に散布をした早股地区にもう一度行きました。前回は家を中心に散布しましたが、今回は畑が中心でした。今回は参加者があまり多くない中でしたが、一人一人が一生懸命広い畑に散布しました。畑の土はぽろぽろと固く、素人目にもそれが農作物を育てるのにふさわしくない状態であることはわかりました。「よみがえれ田畑」という思いで散布しました。

EM散布が果たして皆さんのお役にたっているのか、それはいつも感じることです。しかし農家の皆さんはとても喜んでくださっています。そして「もう一回農家をやろうって思ってるよ」と言ってくださいます。また、被災の後で獲れた野菜を「こんなにできたよ、食べて」と持たせてくださいます。ただそれを見るだけで、この働きに関わることができたことを感謝できます。被災地の地域に住んでいるにも関わらず、実質的に被害がほとんどなく、今はもう、普段の生活を取り戻している中で、わたしはいつも被災者の方々のところに行く度に「申し訳ない」という思いがあります。すぐ近くの方々が今もなお、苦しんでいる現実に言いようのない辛さを感じます。けれど、だからこそ、「できることをしよう」と思うのです。そしてそれを喜んでくださる方がいらっしゃることに慰めを受けます。

 

そして午後には早股地区と道路を隔てた林地区に行きました。ここは住宅街でお家を中心の散布でした。今回の活動の中で特徴的だったのは、あらかじめ申し込んでいらっしゃらなかった方々がわたしたちの活動を見て「ウチにも来て」と声をかけてくださったことです。この林地区ではそのような「飛び込み」が特に多かったと聞いています。わたしたちの活動が多くの方々の励ましとなり、慰めとなり、力づけになっていることがわかり、とてもうれしく思いました。
11月に入って日の入りが早くなり、夏ごろのように長い活動はできなくなりました。しかし短い時間の中でも充実した活動ができたと思います。

 

独立新生葛飾教会 峯野 慈朗 師 

玉浦中学校のある林地区には「恵み野」という新興住宅街がある。建っているのは20軒ほどで、まだ空き地も多い。若い人たちで家を建てたばかりで津波に遭われたのだろう。散布したのは3軒、世帯主は若い人たちだ。新しい家にはいわゆる換気口がない。土台と壁の間に隙間があって換気を通しているそうだ。そういう家は、家の中に点検口があって床を開けて下にもぐることができる。下はコンクリートのベタ基礎だから、土と違って掃除もしやすかったはずで、床下への散布依頼はなかった。

 

次に昨日夕方に訪問したが暗くて散布できなかったSさん宅の床下と庭、物置の下に散布。Sさんご夫妻は比較的高齢の夫婦。ご主人がやってほしいところを細かく指示してくださる。奥さんは昨日の夜、電話をくださった。暗いからと帰ってもらったけれど、足が悪く玄関にでられなくて失礼しました・・・と。足が悪く歩くのがやっとなのに震災当時はどうなさったのだろう。散布してからお話を伺うと、浸水は床上60cmくらい、次の日助けが来るまで椅子の上で過ごされたそうだ。

 

床下にたまったヘドロ。これと同じものが農地に堆積しています。
床下にたまったヘドロ。これと同じものが農地に堆積しています。

わたしたちが作業をしていると自転車で様子を見に来た方があった。次はその方のお宅で、行ってみるとなるほど大きな古い家だ。この家は床下のヘドロが取り切れていない。なるべく奥までEMが届くように動噴のジェットで飛ばす。前回からどのトラックにも高出力の動噴が載るようになった。クラッシュジャパンが気仙沼のEM散布プロジェクトを終え、MSR+に提供してくださったのだ。お庭と家の前の畑にも散布。

 

お隣の家も大きな家だ、別チームがすでに作業をしている、合流。畑部分に散布。EMぼかしについてご主人と話す。

 

センターに帰って昼食 おにぎり

 

震災後この地域の井戸の塩分濃度が高くなっていると聞く。センターの前の区長さんのお宅など3%?だという。塩水である。知らずにハウスや植木鉢にこの水を撒いていて、枯れていくのでおかしいなと思っていたそうである。

木内先生が頼まれて塩分濃度計で測ってみるたら3%という数値が出た。せっかくEMを撒いても、塩水をやったのでは元に戻ってしまう。同じ地域でも家によって井戸の塩分濃度が違う。区長さんの家の向かいがわたしたちのセンターで、センターの井戸は塩分濃度が低い。これは、ひとえに地下の水脈による違いなのだそうだが、深ければ良いというわけでもないそうだ(センターの井戸は11m)。

地震で地下の水脈が変わってしまい今まで真水だったのが塩水になったとのこと。もうひとつこの地域では金気水(かなけみず)といって鉄分濃度が高い水脈がある。センターの井戸も金気水なのかもしれない。少し黄みがかっていて、鉄っぽい味がする。

 

午後は1台3名が亘理町へ、うち2名はそのまま帰途へ。トラック2台で林地区の住宅と畑に散布

 

夕方日も暮れて、昨日依頼されたものを届けに早股地区に出かけます。Kさん宅にはぼかしを一袋。酒屋をなさっていたお宅でご近所の方にもEMを紹介してくださっています。農家のOさんは家でぼかしを作りたいとのこと、EMぼかしの作り方が載ったパンフレットと空の容器を届けます。驚いたことにぼかしを作るのに必要なテラCも持っておられました。最後は副会長のYさん、Yさんは復興組合のまとめ役をなさっています。ぼかしを一缶とどけると「春菊もっていくか?」と。目の前で摘んでたくさんくださいました。

 

 

Oさんにしても家で取れた野菜を沢山くださいます。今回のボランティアは野菜を買っていません。白菜もキャベツもネギもニンジンもみんないただきものです。今回は自治会を通しての全戸散布ではなく個人的に申し込まれていることもあって。

 

センターに帰り春菊を見せると「すきやきが食べたいね~」という話題に。夕食のカレーをいただいて長靴を洗うために玄関に出ると人影が・・・。扉の向こうにいたのは宅配便のお兄さん。荷物を受け取ると「要冷蔵」のシールが。「木内先生、お肉じゃないですか?」とわたしも半分冗談で言ったつもりが、開けてみると牛肉と手羽肉のパックです。絶妙のタイミングに一同感動。