塩釜ともしびチャペルレポート Vol2 -この時の為にこそ-

震災より2か月の宮城・塩釜より           キリスト塩釜ともしびチャペル 平島 望
 

 震災から2か月が過ぎ、わたしたちの周辺はすっかり日常を取り戻したかのように見えます。ライフライン、買い物、一部の店舗がまだ再開できていませんが、それでも普段の生活においてはほぼ以前と変わりなくなってきています。しかし、ちょっと車を走らせるなら、壊滅的被害を受けた石巻、女川、南三陸などに行くまでもなく、まだまだガレキの山は残り、また、避難所生活を送る人々の声が聞こえてきます。表通りはきれいでも、一本入った裏通りにはまだ信号もついていないところもありますし、夜になれば、店の明かりがない道路は真っ暗です。

 先日、ゴールデンウィークに、教団と九州教区からのご厚意をいただき、わたしたち家族は九州を旅してきました。余震とガレキからしばし解放され、九州教区の皆様の温かい歓迎を受けてひとときリラックスした時間をすごすことができました。本当に感謝しました。しかし、仙台に帰って駅からの教会までの道すがら、まだまだ残る震災の爪痕に現実の厳しさを覚えました。改めて「なんでここが」と思わざるを得ませんでした。

 そんな中、エステル記でモルデカイがエステルに語った「この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか」(4章14節)の言葉が心に留まりました。震災後2か月、当日の様々な状況が詳しく報じられてくる中で、わたしたち家族が無事だったことということに大きな意味を感じています。津波は、わたしたちの教会の周囲にまでこそ達しませんでしたが、津波の襲った地域は、わたしたちの日常の生活圏の多くを占めていました。津波で多くの方が亡くなった国道や幹線道路、人々が取り残されたショッピングモールは、わたしたちがその時その場にいたとしてもまったく不思議ではない場所でした。わたしが、家族が、あるいは車が、津波の犠牲になったということは現実的に十分に考えられることでした。

 

 けれど、わたしたちは守られました。「この時のためにこそ」です。エステルがユダヤ民族滅亡の危機を救うために王妃として王宮にいたように、わたしもこの地域の復興のためにここにおかれたということを改めて確信しました。そのためにエステルは命を捨てる覚悟をして王の前に出て行かねばなりませんでした。わたしもまた、覚悟を決めて復興の働きに出て行こうと思いました。

 そしてエステルは自分のためにスサの都のユダヤ人たちに断食の祈りを依頼しました。覚悟を決めて使命に立つ者と背後でとりなす祈り手たちとが1つとなる、青年大会風に言えば「TOGETHERする」時に、ハマンの陰謀は破られ、ユダヤ人は勝利しました。ユダヤ人の嘆きの日となるはずだった日は、祝宴と喜びの日、祭りの日となりました。

 

 この復興支援の働きには、まだまだ先は見えません。しかし使命に立つ者と祈り手とが一致して、復興の日、復活の日を信じて進んで行きましょう。どうか使命に立つために、皆さんのお力を貸していただきたいと思います。また、祈りの支援をなおよろしくお願いいたします。

 さて、九州から帰った翌週、山形の岡先生と川上兄と一緒に、仙台の南、名取市の視察に行きました。仙台空港の近くで、わたしがアルバイトをしていた塾の教室もある地域です。ここには閖上(ゆりあげ)という港町があり、津波で大きな被害を受けています。 

 この地域の状況もひどいものでした。その後、塾の教室長さんにお会いして、名取市沿岸部の状況もお聞きしました。そしてわたしたちは、仙台南部のこの地域にボランティアの拠点となる場所を確保することを計画しました。

 早速近くの不動産屋さんをあたってみましたが、なかなかいい場所はありませんでした。しかし
そこでまた別の不動産屋さんを紹介していただきました。それは名取市の南隣の岩沼市で、閖上からもさほど遠くない地域でした。地元の不動産屋さんで、難しい条件ながらいくつか物件を紹介してくださいました。今その中から検討中です。


そして首尾よくこの地域にボランティアセンターを確保することができれば、このような利点があります。

①被災地の中では全国的にも比較的注目度が低く、また、仙台近郊の教会の活動においてもあまり進んでいなかった仙台の南部地区の支援を進めていくことができる。EМ菌(有用菌)の散布活動(消臭、消毒、水田の除塩などに効果的)やその他の活動、またさらに南の地域にも足を伸ばしていける。
②塩釜からも高速を使って30分程度、山形からも1時間程度と比較的近い。
③淀橋教会のアガペーCGNが北部(岩手)に活動拠点を移しつつある中、北部、中部(塩釜)、南部と広い範囲で活動していくことができる。
④もともと教会が比較的少ない地域であるため、将来の開拓伝道も視野に入れることができる。

 

 このボランティアセンターのために、ぜひ覚えてお祈りください。場所を借りるための費用は月7万円程度が見込まれています。費用が満たされ続けるためにもお祈りください。

 復興支援の活動はなお、様々な必要があります。物資が十分すぎるほど供給され、処分している避難所がある反面、他の避難所あるいは在宅の避難者の中には1日1~2食の生活を強いられている方もおられます。ガスの復旧はほぼ終わりましたが、電気、水道の復旧がなされていない地区もまだまだあります。そして今大きな課題は仮設住宅です。そこに入れるか入れないかということも問題ですが、入れたとしても家具家電がまったくないという問題がありました。仙台市やその他の市町村でも提供などを受けてテレビや洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、電気ポットなどの家電製品を入れるようにしているようですが、それでも数は足りないようです。
 また住宅の問題がクリアできたとしても、車、そして職場の問題もあります。今回宮城県だけでも7万人の方が失業なさったそうです。これからの生活について不安を抱えておられる方はたくさんおられます。

 復興への動き、そのための支援、ほんとうに簡単ではありません。しかし、「この時のためにこそ」あるわたしたちですから、主がきっと知恵を与え、方法を与え、お助けくださることでしょう。それを信じて励みたいと思います。前線で仕える者と、後方で祈り支えてくださる方々と、共に祈りつつ進んで行きましょう。

 

 

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コメント: 1
  • #1

    Chiquita Meli (金曜日, 03 2月 2017 19:11)


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